竹久夢二音楽を描く(高志の国文学館)
用事があって富山へ行ってきたので、せっかくだから寄ってみた。企画展の値段で、常設展も見ることができ、今回は時間があまりなくてじっくり見られなかったけれど、充実していて良かった。
高志の国文学館 | KOSHINOKUNI Museum of Literature
構成はこんな感じ。
- セノオ新小唄ー劇中歌「カチューシャの唄」の流行
- セノオ楽譜ー劇場・レコード・ラジオの時代の中で
- 中山晋平民謡曲ー映画主題歌「東京行進曲」の人気
- 夢二が楽譜表紙画を描いた時代ー『婦人グラフ』に見る音楽文化
絵画として、それほど竹久夢二が好きなわけではないけれども、音楽との関係を全く知らなかったので、行ってみた。
妹尾幸陽が企画経営を行っていた、セノオ音楽出版社では、セノオ新小唄やセノオ楽譜などを刊行し、夢二は多くの表紙画を手掛けた。セノオ新小唄は35編の楽譜が刊行されたが、妹尾幸陽は夢二の詩を愛し、そのうち17曲が夢二の作詞曲である。
また、セノオ新小唄は妹尾自身が作詞、作曲に深く関わっており、妹尾幸陽作品集ともいえる傾向にある。
個人的には、既存の西洋の楽曲に日本語の詩をつけたものがあって、曲がモーツァルトとかなので、ちょっと聞いてみたいと思った。
次のセノオ楽譜は、山田耕筰の作曲、編曲が多い。楽譜は主旋律とピアノ伴奏で構成されており、歌詞と解説文がついていた。また、レコードを聴きながら楽譜をみて演奏を楽しめるよう宣伝をした。劇場と蓄音機から音楽を享受し、ピアノの普及によって家庭で音楽を楽しめる文化の中で、セノオ楽譜は親しまれたのである。
あとは、セノオバイオリン楽譜なんていうのも出ている。
中山晋平作曲の「東京行進曲」 は菊池寛の小説が原作である。雑誌連載中に、結末がわからないまま映画化され、小説、映画、主題歌が同時発信されるメディアミックスの状況が生まれた。
YouTubeでさわりだけ聞いてみたけど、昭和5年の曲なので、大正3年に発表された「カチューシャの唄」よりは耳になじむ。
「中山晋平作曲全集 民謡曲」と題されたこのシリーズは、題字のデザインが竹久夢二によって統一されているので、新小唄やセノオ楽譜よりも、ひとつのシリーズとしてまとまっている感じがした。
それから、蓄音機とレコードは、大正末期に広く浸透したらしいが、ラジオの登場は大正14年であった。
楽譜出版は、プロ志向の専門性と、ハーモニカのような大衆性という二つの方向に分化されていき、セノオ楽譜は昭和4年頃には新たな楽譜の出版が行われなくなっていったのである。
私は音楽をやらないので、楽譜を手にすることはないけれど、好きな画家やイラストレーターの絵が描かれていたら、嬉しいかもしれない。