優雅に叱責する不幸で敬虔な幼子たち{仮}

日大通教哲学専攻(1年入学)での学修過程メモなのに、展覧会ばっかり行っている

苦い飲み物

例えば、「好きな画家は?」と聞かれたら、私は多分、迷いなく「マグリット」と答えるくらいには、ルネ・マグリットの絵画が好きだ。

でも、「好きな絵は?」と聞かれたときに、真っ先に思い浮かぶのは、きっと「苦い飲み物」だと思う。

 

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初めて見たのが、いつの展覧会だったか覚えてないけれど、割りと最近(過去5年くらいの間)に、この絵を知った。

澄ました顔の肖像画が多い中で、印象的だし、タイトルがそのまんまなので、苦さがストレートに伝わってくる。

 

ところで、私にとっての「苦い飲み物」は、エスプレッソなのだが、未だかつて飲んだことがなかった。

 小学生のときに見ていたマンガが「キャッツアイ」や「タッチ」で、喫茶店の常連というものに憧れを抱いていたから、30歳を過ぎたら、私もお気に入りの喫茶店を作ろう! と思っていた。

こんなに、コーヒーチェーン店が至るところにできるとは、想像もしていなかったけれど、現在、近くに自家焙煎の豆屋があって、喫茶ができる。自分の味覚にそれほど自信はないけれど、ここのコーヒーは間違いなくおいしいので、店長と雑談できるくらいには通っている(しかし常連というには、まだほど遠い)。

そして、その店長のコーヒーブログに、エスプレッソに関する記事が書いてあり、飲んでみたくなった。店長は、苦いだけの飲み物ではない、エスプレッソを目指して、出している。確信はないけれど、この店の味なら、飲めなくはないのでは? という思いがあった。

店に入って、カウンターに座り、「今日は何にします?」と聞かれた。いつもなら「本日のコーヒー」か「カフェモカ」だけど、今日は

エスプレッソに挑戦しようかと思っているんですけど、ダメだった(飲めなかった)ときのための救済措置とかってあります?」

と聞いた。救済措置、というぼんやりした言い方をしてしまったけれど、個人的には、後でミルクを加えてくれるとか、アイスクリームを頼んで交互に食べると、苦さを中和できるとか、そういうことを考えていた。

店長は「エスプレッソ初めてでしたっけ?」とか「いつも店で出すのより、ちょっと強めのがあるんですけど、試してみます?」と言いながら、エスプレッソを一杯出してくれた。

一口飲んで、「苦い飲み物ですね」と答えたけれど、『ちゃんとした』苦い飲み物だった。「苦さの向こうに何かありません?」と聞かれ、「香ばしい」としかわからなかったけど、「エスプレッソ、大丈夫な人だと思いますよ。ダメな人は全然ダメだから」と言われた。

そして、そのエスプレッソはサービスで、とカフェラテを作ってくれた。一気にエスプレッソに行かずに、あいだにマキアートを挟むといいかも、とも教えてくれた。

普段、エスプレッソを飲まない人が、その店でエスプレッソを頼む、ということはほとんどないらしく、先客の常連さんが「客が育ってきているね」と言ったら、店長は嬉しそうだった。

エスプレッソを飲んだあとの水が、まろやかで甘くて、びっくりした。そのことを言い、それを聞いたときの店長も、また嬉しそうだった。

それが『何か』まではわからないけれど、苦さの向こうは、確かにあった。そんなエスプレッソを、飲んできた。