優雅に叱責する不幸で敬虔な幼子たち{仮}

日大通教哲学専攻(1年入学)での学修過程メモなのに、展覧会ばっかり行っている

東郷青児展(あべのハルカス美術館)

あべのハルカス美術館でやっている東郷青児展をみてきた。

ウィング館7階のジュンク堂レジ前に、100円割り引いてくれる割引引換券が置いてあるので、何の割引も持っていない人で、時間的に先に寄る余裕のある人は、もらってくるといいかもしれない。

 

togoseiji120th.jp

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構成

第1章 内的生の燃焼 1915~1928年

1897年(明治4)に生まれて、早熟な文芸少年であった青児は、竹久夢二の「港屋」に通っていた。最初の個展を1915年(大正4)に画廊で開催しているが、きっかけは山田耕筰との出会いだった。

第1章を飾る絵は、もろにキュビズムって感じがする。あまりこういう絵は好みではないのだけども、参考4で展示されていた「工場」は、色も形も好き。絵葉書としてしか残っていないようなので、残念だ。

初期の作品では、「巴里の女」が好みだ。

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「巴里の女」1921(大正10)年 鹿児島市立美術館

ユトリロとか荻須高徳とか、ちょっと暗めのパリを描いた絵がなぜか好きで、この絵もそういう雰囲気だから好きなのかもしれない。顔の感じが夢二に似ている。

夢二との関係を知ったのは、図録を読んでからだけど、ちょっと前に夢二の展覧会へ行ったという偶然には驚いていた。 

第2章 恋とモダニズム 1928~1930年代前半

この章でステキだと思ったのは「超現実派の散歩」だ。

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「超現実派の散歩」1929年 東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館

絵本の挿絵のような幻想的な感じ。詩か文章がついていたら読んでみたい、と思った。

 

あと、本の装丁とか、家の設計とか、色々やってた。 年代的には、女性とごたごたしている頃だけど、絵には反映されていないのか、あまり触れられていない。宇野千代くらいか。

初期でむっちりしていた女性の描き方が、細身になってくる。こっちのほうが好き。

第3章 泰西名画と美人画 1930年代後半~1944年

この章で見ごたえがあったのは、藤田嗣治と共に飾った百貨店大食堂の壁画。

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「山の幸」1936年 シェラトン都ホテル大阪

個人的には藤田の絵のほうが好きかな~。藤田との合作の「海山の幸」も良かった。

あとは「舞」が良かった。すごくステキ。

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「舞」1938年 損保ジャパン日本興亜

英語のタイトルが「Dance」になっていて、私は厳密には舞とダンスは違うものだという認識を持っているのだけど、それはともかくとして、ぱっと見た瞬間「吉祥天の舞い」だなあと思った。

第4章 復興の華 1945~1950年代

この章になると「うんうん、なんかみんなの知ってる東郷青児の絵だ」と いう感じがする。ちらしを飾った「望郷」とか。

レダ」を見て、マンガっぽいな~と思っていたのだけど、今図録を見返して、どことなく手塚治虫を思い起こさせると感じた。

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レダ」1968年 東郷青児記念損保ジャパン日本興亜美術館

女性が目をつむっているからかもしれない。目が開いていたら、そうは思わなかった気がする。

まとめ

絵以外にも、参考資料が多くて良かった。2007年に閉店した近鉄京都店の紙袋とか。